ひとっ飛び
その主婦の顔に見覚えがあったので、僕はブレーキレバーを握り、自転車をとめた。

「こんにちは。お久しぶりですね」

女性は僕の顔を見て、まあ、と目をパッチリさせた。

「吉村くん?お久しぶりねえ。元気にしてた?」

「ええ、おかげさまです」

彼女は、僕が高校2年のとき付き合っていた女の子、宮原唯の母親だった。

「今、大学生?」

「そうです」

「そうなんだ。…じゃあね」

失礼します、と頭を下げ、僕はペダルに足をかけた。彼女とすれ違う瞬間、『あっ』という声が聞こえた。

また自転車をとめ、ハンドルを握ったまま首を後ろにひねる。

宮原唯の母親が、言い忘れたことがあったの、と前置きして、

「実は唯、結婚することになったの」
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