ひとっ飛び
「結婚するんだって?」と僕は言った。

「うん。今婚約中。庄司さんって人」

「どんな人?」

僕は何を聞いているんだろう?

自分で封印した記憶のかさぶたを自分で引き剥がそうとしている。

傷口が痛むだけなのに…。

「どんな…。うーん、とってもいい人。仕事も出来るし、性格も優しくて…」

彼女の父親の望み通り、将来的に安心な相手を見つけられたわけだ。僕は祝福するだけだ。

「式はいつ?」

「私が短大を卒業したあとだから…半年後くらいかな。…あっ、吉村君も呼ぶから」

「いいのかい?僕は親父さんに嫌われてると思ってたんだけど」

「うん。何とかする」

何とかする、か。

僕がいつか送ったメールも、そんな言葉を使ったっけ。

会話が途切れたので、僕は窓の外を見た。

いつの間にか雨は上がっていて、雲の切れ間から柔らかい日差しがアスファルトを照らしている。
< 29 / 31 >

この作品をシェア

pagetop