distortion
会場は府中にある割かし大きなホールだった。



公開オーディションはそこの小ホールでやるみたい。




「いやぁ……緊張しちゃうね、はは…」

「はは、じゃねぇよっ!」



俺が行けるのは受付までだから、控え室で着替えを済ませた武蔵とは時間まで最後のチェックをしにロビーの隅へ行く事にした。



「何ガチガチになってんだよ」


緊張してるのか猫背になってガチガチに緊張している武蔵の体をポンと叩いた。


「だってさ……振りとか歌詞とか全部忘れちゃいそうでさぁ…」


「阿呆!何回やったと思ってんだよっ」

「わかってるよぉーでも今日って平日なのに結構人いるんだもん」


「大半は出演者とその身内じゃね?まあ観に来てる人もいるだろうけど」


「大丈夫かなぁ…」

「何がだよ?」


武蔵は俺のスーツの裾を少し摘んで情けない顔をしている。

「もし、そのさぁ…俺が全部忘れてメチャクチャになっても怒らない?」


(コイツ何寝ぼけた事言ってんのさっ!ぶん殴ってやろうか!)


余りのマヌケな質問にマジで切れてしまいそうになったが、極力抑える事にした。


「あのね、人間そんなに覚えた事簡単には忘れないぜ?何なら歌詞全部ソラで歌ってみ」


「わかった」


武蔵はただ歌詞だけを淡々と歌ってゆく。
知らない奴が見たらブツブツ何1人事言ってやがるんだというような光景だが。

何とか間違えずに歌い終えたみたいだ。


「いいじゃん。どこも間違いなかったし、この調子で頑張ってみな」


「マジ?間違いなかったの、やったぁ!」


「喜ぶのまだ早いし」


「あっ、そっか」



時計を見ると武蔵のグループ集合時間まであと5分だ。
ギリギリはまずいので武蔵を促す。


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