幸せそうな微笑み
1時間ほど弾いた後、詩織さんを呼んだ。



俺がピアノを弾くのはここの家に来て初めてだ。


だから詩織さんが俺の音を聞くのも初めて。




俺が弾いたのは雨だれの前奏曲
(プレリュード第15番 変ニ長調 Op.28-15)



「…聡…」


詩織さんの目には涙が浮かんでいた。


「驚いたわ。ピアノに何の興味もなかったから。
簡単な曲を少し弾くのかと思ってたのよ…。
まさかショパンの雨だれの前奏曲…」


「ピアノに興味がなかったんじゃない。
思い出すのが嫌だったんだ。
母さんが…ピアノ弾く人だったから」


「聡…」


「ごめんね、詩織さんの音聴かなくて」


「良いのよ…聡」



俺はピアノを見ることすら嫌で嫌で。


詩織さんがピアノを聴かせてくれるって
言った時ピアノの音なんて大嫌いだ、と。


詩織さんに怒鳴ったんだ。


悲しんでるのが分かってた。


分かってたけどどうしても割り切れなかった。



忘れようとしてるのにどうして
この家にはピアノがあるんだろう、と。



結局俺は謝ることが出来ずに…。
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