不良
母親の下着は白色がグレーになっている。何度洗濯したのか、綿の生地が弱っている。そして、すれたようになっている。春男は理恵にそんな母親をみせたくなかった。「何か着てこいや。」と春男は母親の姿から顔をそむけるようにしていった。

母親は気が強い。春男の言葉なんぞにびくともしなかった。「何をぬかしとる。わしはいつもこの恰好じゃ。」としわがれた声で答えた。そのとき、「こんにちわ。」と理恵が春男の後ろから母親のほうに声をかけた。母親は理恵の声にビクンとなり、春男の後ろに女性の存在を知った。母親は奥へ走り、部屋に消えた。そして、何か上着を羽織ってきた。
理恵は春男の背中を指で突いた。<早く行こう。こんなところに長居は無用。>というようなサインだった。しかしサインは春男には通じなかった。春男は母親恋しの気持ちが先走っている。部屋に入り、一息入れたいと思っている。

母親は理恵の姿をみて、急に猫なで声になった。「まあまあ、ようきたね。汚いところやけど、あがっておくれ。」と理恵を誘った。そして、台所から雑巾の濡れたのを絞ってくると、廊下を拭きながら、奥へ奥へと歩いた。

二人は奥の部屋に通された。六畳ほどの広さで、家具は何もない。襖は下のほうがかぎ裂きに破れている。天井には大きなクモの巣がある。電灯のカバーはウッスラと埃が積もっている。部屋の隅には、何か虫が走り回っている。だされた座布団は色違いであった。

春男は実家に戻ったことが嬉しいのか、ニヤッとしている。そして、母親のやってくるのを期待しているらしい。。母親が部屋に入ってくれば、理恵を紹介しようと待ち構えている。しかし、母親はなかなかやってはこなかった。

母親は客用のグラスがないことを嘆いている。<こんな汚い湯飲みをだしたら恥ずかしい思いをさせるな。春男の実家の程度が見透かされる。>と思い悩むのである。時間は刻々と過ぎる。あまり待たせても変に勘繰られる。決意した母親は、沸かした湯でティーパックのお茶を入れる。お盆に湯飲みを乗せて、待っている春男らの部屋へ向かった。
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