不良
刑事は<こいつが怪しい。>と春男を犯人扱いした。こうなれば、蛇ににらまれた蛙のようなものである。春男には刑事の圧力をはねかえす力がなかった。また「弁護士を呼んでくれ。」というような、法的な素養もなかった。

春男は喉がカラカラになるまで、攻めつづけられた。もし、取調室に江戸時代の拷問道具があれば、春男は簡単に口を割り、やってもしないことを、やったと認めるだろう。しかし刑事たちは、そこまではしなかった。それは法廷で春男が「やっていません。」と供述を引っ繰り返すことを恐れてのことである。

解放されたのは、もう夕刻だった。刑事の一言は、「明日もきてもらうからな。明日には解剖の結果もでるさかいな。ええな、時間厳守でたのむで。」と念押しをされた。

春男は西成警察署近くの立ちのみ屋でビールを飲み、串カツを食べた。若い女性がカウンターの中から、「○○円です。」と手を差し伸べた。「なんや。前払いかいな。」春男はこの辺りの治安の悪さを考えると、<まあ、仕方のないことか。>とあきらめて、尻ポケットから財布を抜いて、支払った。

店内はカウンターだけで、十人で満席となる。作業服姿の中年がほとんどである。背広を着ている者はいない。春男は普段着であるが、顔も手も白く、周囲の労働者には異質な者に写っている。春男の一挙一動は、チラチラとつぶさに観察されている。

「玉子焼き。」と春男はカウンターにいる女性に注文した。女性は大きなボールに入れてある玉子二個を取り出した。小さめのボールに玉子を二つとも割り入れた。箸で混ぜる。玉子焼き器に油を入れる。溶いた玉子を全部入れる。火は中火である。<作り慣れてるな。>と思い女性の手際のよさをみつめていた。

女性は玉子焼きを皿に入れ、「お醤油かけますか。ソースにしますか。」と春男にきいた春男は、「醤油かけて。」と返事した。「○○円です。」と女性にいわれ、ズボンのポケットから小銭をカウンターにだした。そして請求額を女性に手渡した。

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