不良
マンションへたどりついたら、もう午後の八時をまわっていた。入り口付近に人影はない。オートドアロック方式では、部屋からの応答がドアの開閉に必要不可欠だった。そのため、少し待つことにした。

やがて若い女性が買い物袋を二つ持って入り口に近づいてくる。春男は女性の後ろについて中へ入った。女性は春男を見知っているらしく、会釈して後ろに続くことを許した。しかしドアは許さなかった。春男が与えられているドアの鍵は用をなさなかった。鍵は付け替えられていた。「くそう、アホんだらめ。」と口から吐くとバンとドアを叩いた。

鍵を付け替えたのは、理恵の妹の仕業であった。妹は算段し、弁護士と相談していた。「やくざに付け込まれないようにするには、どうしたらええでしょうか。」と古くからの付き合いのある老弁護士に面会を求めて相談していた。そして、鍵をつけかえさせた。

「ドアをドンドンしたら、まわりの人が警察へ通報するでしょう。あんな奴らは、警察が一番の弱点や。警察がやってきたら、一目散で逃げてしまう。そやから、なにもようしませんて。」と老弁護士は妹にそういって安心させた。

春男は仕方なくマンションから引き上げた。今夜のねぐらは奪われてしまった。実家へは、<いまさらどんな顔をして帰れるものか>と少しは意地をみせた。しかし懐にはそれほど余裕はない。<二、三日はなんとかなるにしても、現金を持っておく必要があるな。>と考えたが、理恵の部屋に置いてある通帳類はすべて理恵名義であった。

春男はブツブツと文句をいいながら、夜遅い地下鉄に乗った。土地勘のある動物園前駅でおりるしかなかった。もうすでに、飲んだ得た酔いは消えていた。ズボンのポケットをまさぐり、硬化を二枚手にした。そして自販機の並ぶ場所へ行く。カップ酒を買うと、三口で飲んでしまった。自販機の近くには、浮浪者が三、四人いて、釣り銭を狙っている。

春男は商店街にある小奇麗なほうのホテルに投宿した。フロントの五十代女性は色気があり、春男の好みのタイプである。浴衣の胸元からチラリと肌が見え隠れしている。
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