不良
翌朝の九時に西成警察署の刑事課を訪れた。署内の連中が鋭い視線を投げかけてくる。奥の席で丸坊主の刑事が手をあげて、「おう、きたか。」と声をかけてきた。春男はカウンターの前から、卑屈な感じをみせつつ、頭を下げた。

刑事たちの態度は一変していた。春男はパイプ椅子に座ると、柔和な表情の刑事が信じられなかった。<どうやら、何かが起こったらしい。>と春男は次第に気づきはじめた。

「解剖の結果がでたんや。事故死やったわ。」刑事は詫びの言葉を吐かないまま、坊主頭を指でかいた。「そやから、もう帰ってもええで。」刑事の雰囲気は、<早く消えてしまいやがれ。>であった。<なんやねん、こいつら。首根っこをおさえつけて、おれを犯人扱いしやがったくせに。>と春男は悔しい気持ちになった。

刑事たちは、門番の警官が立つ玄関まで、春男を見送った。薄ら笑いを浮かべて、二人の刑事が春男を見送っている。春男も毅然とはせず、権力者にこびる弱者の姿をみせた。

まだ十時である。西成警察署の並びにある立ちのみの居酒屋は白い暖簾をだしていた。春男は暖簾をみて、<もう、やってるのかいな。>と店の余りにも早すぎる営業開始の時間を怪しんだ。<ビール一本だけ飲んで行くか。>と思い、ガラス戸を開けて店内に入った
この立ちのみ屋は以前きたことがある。そのときは夜で、若い女性がカウンターの中に居て、客の応対をしていた。しかし今は違っている。中年の親父が素肌の上から、白い上っ張りを羽織っていた。しかも、タオルで鉢巻きをしている。

春男はビールを注文した。前にきたときに覚えたようにして、ビールの銘柄を指定した。「○○円」と親父は愛想のない、キッパリとしたいいかたをした。春男はズボンのポケットから小銭をカウンターに取り出すと、指で数えてから親父に手渡した。

昨夜から米粒を口にしていない。夜は日本酒で胃を痛めつけた。今朝のこのビールは、一口流し込むと、胃袋の中では驚いたようにして、ざわめいた。
< 21 / 37 >

この作品をシェア

pagetop