不良
まだ午前中だった。春男は動物園前駅から地下鉄に乗り、マンションの最寄り駅にでた。遠くからマンション管理人が植え込みに水やりをしているのがみえてきた。春男は管理人に近づくと、「おはようございます。」と丁寧な挨拶をした。<嫌われては、元も子も失ってしまう。>と考えた末の挨拶だった。

管理人は春男の姿をみると、ホースの水をとめることもせず、水やりの作業を中断するようなこともしなかった。「あのう、あのう。」と春男は管理人の背中へ声をかけた。そのとき、管理人の持つホースがぶれて、春男の足元がずぶ濡れになってしまった。それでも春男は我慢した。管理人は、<このアホ。何もようせんな。>と春男の態度を軽くみた。
「何か用事かいな。」「はい。」春男は小さい声で、管理人の哀れみを誘うようにした。「そんな声をだしてもあかんで。あんたも、男やったら、男らしくしいな。」管理人は春男の人間性を攻めるような感じをみせた。

春男は植え込みの前の水たまりを足で蹴った。「何か気にいらんのかいな。」と管理人がイチャモンをつける感じできいた。「そんなことあれへん。」春男は何としても、管理人の機嫌を損なうわけにはいかなかった。ジリジリと管理人の気持ちに接近している。

「すみません。ここって、この住所ですよね。」管理人は春男の示すメモをチラッとみた「なんやねん。あんた、ここの住所知らんのかいな。ここに住んでたやろが。」「はい。すんません。」「すんませんやあるかい。ここに板が貼ってあるやろ。これが住居表示板ちゅうねん。」「ああ、すんません。」春男は何をいわれても、謝る気でいた。

管理人は植え込みに水をたっぷりと与えた。そしてホースを丸くして植え込みの陰へなおした。その様子をみていた春男は再び、管理人に近づいた。「すみません。」「なんや、まだおったんかいな。」管理人は小鳥を狙う鷹のような様子だった。

「中へは入れませんよね。」春男は甘えるような仕種をした。「当たり前やろ。あんた、鍵をつけかえられてるんやで。そんな人間を中に入れるわけがあれへん。」といわれた。
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