不良
「登記印紙やて。」と春男は印紙売り場に座っている女性に声をかけた。女性は印紙を引っ込めて、二千円分の登記印紙を引きちぎって、受け皿に入れた。そして領収書に二千円と書いて、有無をいわせない感じで皿を春男の手元に押しつけた。

春男は眼鏡をかけた豚顔のおばさんをみて、<裏返しにして、尻の穴を指でグリグリにしてまうぞ。>と思い、そのときのおばさんの顔を想像して愉快になった。

印紙を持って探偵に近寄った。「なにかおもろいことであるんか。えらいニヤついてるがな。」「いいやあのおばはんね、裏返しにしたらおもろいかなと思ってたんですわ。」

「あんなもん、おもろないで、それよりみてみい、こっちで相談してる年増はどうや。」探偵は女癖があるらしく、登記相談を受けてる女性の腰のあたりに視線をチラチラさせている。

「よっしゃ。余興は終わりや。」探偵はそういうと、ツカツカと靴音を立てて、若い女性の立つカウンターへ向かった。女性は手をのばして請求書を受けとると、引き換えの番号札を探偵に手渡した。「よっし、座ってまつぞ。」探偵は素早くソファーに座った。

「ここらへきとる男は、ほとんどが不動産関係の奴らや。ブローカーもおれば、仲介屋もおるし、中には事件師もおるのや。」探偵は横に座った春男に男たちを指さして教えた。「役人にみえるような奴らがおるやろ。」「役人でっか。」「そうや、役人にみえんでも教師かなんかにみえるのがおるやろ。この糞暑いのに上着とネクタイの奴らのことや。」「あいつら、何者ですねん。」「弁護士の若造や。若造は調査に走らされるのや。」と探偵は真面目そうな背広姿の若者を指さした。

「あんな奴らはあかん。ほんまのことをなにも知らん。ほんまのことを知ってるのは、やっぱり飛田に事務所のある先生や。」「飛田の先生でっか。」「そうやで、なんでも教えてくれはる。わしに困ったことがあったら、助けてくれるお人やねんぞ。」春男は探偵から弁護士とか先生とかきかされると、なにか新しい世界がひらけたような気になった。
< 25 / 37 >

この作品をシェア

pagetop