不良
探偵は聞き込みでの成果をあきらめた。隣近所は邸宅ばかりで、門をピシャリ、インターホーンにもイヤイヤでるという感じの者が多いこと。付き合いとは挨拶だけのことで、互いに身内のことは秘密にしていること。などを感じ取ったのである。

「大城くん。役所へ行くで。」探偵はそういうと、サッサツと春男を引き連れた。黒っぽい建物の区役所である。右手に六十年配の男二人がひまそうに座っている。「住民票て本籍の入ったのもくれるんかいな。」探偵はカウンターの前に立つと、そう口火を切った。
前頭部から後頭部にまでオールはげた男が座ったまま、探偵を値踏みするよう返事した。「大丈夫ですよ。なにに使いまんねん。」と、ちょっとなめたようにきいた。探偵はムッとして、「なんでもええやんけ。おまえになんでいうねん。」といきなり怒鳴りつけた。
はげ男はひるまなかった。元警官の成れの果てかも知れない。探偵は自分と同じ臭いのするはげ男に警戒をみせた。すると、隣に座っている超肥満体の白髪男性が立ち上がって、二人の間に入ろうとした。「うるさい。おのれは座っておけ。」と探偵は肥満の肩を押し下げて立たせまいとした。春男は探偵の後ろに立ち、呆然となりゆきをみつめていた。

カウンターの前で四人がもつれているのをみて、警備員二人が走ってきた。誰かが、カウンターの中の非常用ボタンを押したらしい。「これ以上騒いだら警察を呼びます。」と警備員の上司らしいのが、いきり立って春男ら二人にいった。

探偵は顔を真っ赤にしている。まだまだ怒りはおさまらなかった。ボールペンほ持つ手が微妙に震えている。「大丈夫ですか。」と春男は探偵の気持ちがおさまりやすいようにきいた探偵は書き込むのを一時やめた。そして呼吸を整える。再び請求書に向かった。

「ちゃんと並んでください。」受付の二十歳代の女性から探偵が注意を受けた。「みなさん黙って並んでますよ。」と続きの二の句を受けてしまった。「わかっとるわい、ぼけめが。」探偵は孫のような年齢の者に叱られてしまい、なにもかもが無性に腹立たしく思っている。春男は探偵が暴れはしないか、大声を出さないか気掛かりで仕方がなかった。
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