不良
他人の住民票請求は、厳しく扱われている。係員は「なにか正当な理由が必要です。その場合は裏付けとなる資料の提示もお願いします。」と探偵に向かった。「これは法務局でもらってきた謄本や。この所有者の住民票が欲しいんやんけ。」探偵は若い女子をなんとか経験で威嚇しようとした。まるでひねくれたキツネがウサギに向かうようだった。

しかし若い女子ウサギは上司の教育がよいらしく、決してひるまなかった。「その謄本ではおだしできません。」とキッパリ断った。<なかなか可愛い顔して、ズケズケといいよるな。>と春男は探偵の肩ごしから彼女の口許をみつめていた。

「あかん、あかん。おまえでは話にならん。あそこに座ってる上司を呼んでこい。」探偵は、奥の机で暇そうにしているワイシャツ姿の四十男を指さした。女子は一瞬、ためらった。そして上司のほうをみた。ツカツカと歩くと、なにか報告気味に喋っている。

女子は春男と探偵のほうをみて指さしている。<なんや、あのアホ>と春男は身構えた。探偵は元警察官なので、女子とその上司とが、つぎになにをしてくるかと推察していた。そして、少しずつカウンターから足が離れている。

「おい。もうええわ。」探偵はカウンターの中で上司となにか相談している女子のほうに向かって声を荒らげた。カウンターの中に立っている四、五人が探偵のほうをみつめた。
探偵は足早に玄関までくると、後ろを振り返った。「かなわんな、実際のところ。」と春男になにかの同調を求めてきた。「通報しよりますんやろか。」「最近のアホはなにをさらすか、ようわからん。いきなり、警察呼びよる。」と探偵は煙草を吸った。

「しゃーない。一応、おっさんに報告するか。」探偵はそういうと、歩道を歩き、地下鉄の中へ向かった。春男もその後に続いた。

二人は以前三人で入った喫茶店にいた。「そうか、それは仕方あれへん。先生、無理したらあかん。適当でよろしいねん。」と探偵を励ました。探偵は茶封筒を受け取っていた。
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