不良
二人は地下鉄動物園前駅まで商店街の道を歩いた。「おっさんに経費貰ってるから。」と探偵が春男の分も切符を買った。うち一枚を持たせた。御堂筋線で一本だった。地下鉄淀屋橋駅でおりる。午後四時なのに、改札口の付近は人でごった返していた。

「こんなんましなほうや。五時回ってみいや。通れんぐらいの人ごみや。」と探偵が人々をみつめながらいった。春男は淀屋橋という駅に用事でおりたことはなかった。淀屋橋駅へくる者は、周辺の勤め人であるとか、図書館に用事があるとか、法務局とか、警察署とか、裁判所などに用件のある人に限られている。

法務局の近くの五階建て雑居ビルの五階に法務士の事務所がある。元は裁判所の地下で、半分役人のような感じで事務所を個人経営していたらしい。それが裁判所の都合で地下から追い出されて、行き場を失ったということである。高い家賃のビルでも仕方なかった。
応対にでたのは探偵と同年配の七十男だった。小柄で痩せている。ノーネクタイなので、法務士と紹介を受けなければ、その辺の掃除係と印象は変わらなかった。春男は事務所に男が一人だと知った。男がお茶二つを運んできたからだ。

「先生、元気でっか。」と法務士が弁護士の様子をきき探偵のほうを向いた。「長生きしはると思いますわ。眉なんか真っ白で、稲の穂みたいでっせ。」「ほう、ほう、ほう。そうでっかいな。」男は奇妙な笑い方をして探偵に同調した。

五分ほど世間の雑談をした。法務士は座りなおして、膝を進めると、「ほんだら、ボツボツ用件の方、行きまひょか。」と仕事の段取りを促した。「あー、すんまへん。」探偵は持ってきた登記事項履歴証明書を手渡した。男は書面を受けとると、真剣な表情になる。
春男は生唾をゴクリと飲んだ。階下の弁護士事務所のほうから女性の声がキャアキャアと聞こえてくる。ドアの閉まる音がきこえる。足音が去って行く。男は書面から目を放すと「どないしたいんですか。」と探偵にきいた。探偵は春男の脇腹を肘で軽く突いて、合図をした。「先生。なんとか、同じ土俵にのぼることはできまへんか。」と春男はいった。
< 31 / 37 >

この作品をシェア

pagetop