不良
カウンターにやってきた女性係員は、法務士の差し出した書類をパラパラとみて、「ご苦労さまです。」といい終わると、ポンポンと受付印を小気味よく押した。

一ヵ月は夢のように過ぎ去った。裁判のことなど、すっかり忘れていた。そんな春男に連絡がやってきた。一週間後の月曜日十時に出頭するようにとのことである。春男はバイト先の主人にすぐ報告を入れた。主人は探偵に、探偵は法務士に電話をした。こうして、春男は、生まれてはじめて裁判というものを経験することになった。

一週間など飛ぶようにして過ぎた。当日月曜日、緊張のあまり眠れなかった。春男は自分に手錠をかけられる夢をみた。「そんなことはあり得ない。刑事事件やないもんな。」と独り言のようにつぶやいて確信を得た。

春男は正装して行った。バイト先の主人にアドバイスを受けた。裁判所前には、正装した探偵と法務士が立っていた。三人は裁判所の中に入り、休憩場で打ち合わせをした。春男は喉がカラカラになってきて、喉が痛いほどだった。

「おれらの目的は、あいつらを裁判所へ呼びつけることや。たとえ弁護士でもかめへん。けど、和解はなしやで。弁護士は和解案を持ちだしてきよるけど、おれらは絶対に和解せんのや。絶対に判決書を貰う。」と探偵は二人にいい切った。            
開廷の十五分前に入室した。春男は原告なので、係員に氏名を告げた。押印を求められるが、印鑑不所持をいうと、今度はサインを求められた。探偵と法務士とは、傍聴席に並んで座っている。春男は法務士の事務所で何度も裁判の予行演習をしたが、頭は真っ白になっていた。そして喉はいよいよカラカラになった。

やがて書記官が姿をみせた。続いて裁判官がでてくる。驚いたことに、被告は弁護士の他に理恵の兄や姉もきていた。<やったぞ。やった、やった。これで、一応目的はかなったぞ。>春男はそう思うと、傍聴席の二人をみてニヤッと笑った。厳かに開廷した。春男は尋ねられると立ち上がって答えた。それを若い裁判長が制して、ニコリと笑った。
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