最期のYou Got Maile
二人の時間
「本当に何もないねぇ」
 私の部屋に入って、彼の第一声がそれだった。率直、かつ的確な意見だと思うが、やはり遠慮がない。
「これぞ、正に二人っきりでしょ?邪魔なものは何もないわ」
 軽く言葉を返す私に反して、彼の表情は複雑だった。部屋の家具が殆どないという事の意味を彼も理解しているのだ。
「メル嬢の病気って、難しい病気みたいだね」
「みたいね」
 彼と会わなかった一ヶ月の間に、彼は私の病気について少し調べた様子だ。だからと言って、状況が変わるわけではない。どうにもならない現実を目の当たりにするだけだ。
「やっぱ、助からないの?」
「うん」
 私が明るく答える代わりに、彼がへこんでいく。でも、変な期待を持たせるよりマシだ。
「ガンの治療って、お金がかかるんだよね?でも、手術すれば、多少長生きできるんでしょ?僕は奇跡って、案外多く起こるものだと思うんだ。ただ、それと気付かないだけで。」
 彼の言いたい事はすぐに解った。彼は、優しくも、残酷な要求を私にしてきているのだ。すなわち、「生きろ」と。
「僕、両親に話して来たんだ。好きな人ができて、その人と暮らしたいって」
「ご両親はなんて?」
 聞かなくても解っている。それでも聞くのは、ちゃんと彼の口から、現実を認識させるためだ。
「反対されたよ。だから親なんて嫌なんだ。子供の気持ちをちっとも理解していない。僕が何をやってるかなんて興味も持たなかったクセに、こう言う時だけ親面して…」
 現実的、一般論。全て正論だと頭で理解している筈なのに、自分の考えが否定されると、反発する。私の目の前には、そんなごく普通の少年がいた。その事に、私は心から安心を覚えた。
「ご両親の言う事は正しいわ。私でも、同じ事を言うと思う」
 私の言葉に、彼は怒りの形相を露わにした。
 解っている。私にそんな事を言われたくなかった筈だ。彼自身、ここに来るのに、かなりの勇気がいった筈だ。それなのに、彼に反対した両親と同じ意見だと言われては、彼の立場がない。
 
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