少女のための日本昔話
うらしまたろう
【浦島太郎】

~亀を助けた浦島太郎は、竜宮城で夢のような時間を過ごしたのでした~

「・・・え?帰るって・・・」

「うん、残してきたおっかあがそろそろ心配だし、大丈夫、様子見たらすぐ戻ってくる」

「そんな・・・」青ざめる乙姫を、
浦島はちゃかすように笑って問いかける。

「それとも一緒に来るか?」

「・・・それは・・・できません」

乙姫がそう言ってうつむくと、浦島はわかってた、というように(うなづ)いた。

「だから、待ってろな。」

散歩にでも行くように気楽にそう言いおいて、浦島がきびすを返す。
その背中を、乙姫が呼び止める。

「待って!」

なに?と気軽に振り向く浦島に、乙姫は震える声で、そっと切り出した。


「・・・渡さなければならないものが、あるのです」




「すっげえ、綺麗だなあ。」

受け取った()りの箱をかざして浦島は無邪気に喜ぶ。
その腕に、乙姫は必死にとりすがった。

「これだけは、約束して。
絶対に、箱を開けないで。」

「へ?なんで?」

きょとんとして浦島が見返すと、乙姫は切々(せつせつ)とその瞳に訴える。

「お願いですから、そのまま、返しに来て。

・・・すぐに、戻ってきて。」

お願いです、お願いです、
そう繰り返して小さく震える乙姫を、浦島は笑いながら引き寄せた。

「なーんだよ、なに不安になってんの?
信じてよ。
ちゃんと戻ってくるから」

その口調はどこか楽しそうで、やさしく響く。

「持って帰ってくればいいんだろ?じゃあ帰ってきたら、一緒に開けていい?」

「はい。」

「わかった、楽しみにとっとくよ。」

なだめるようにぽんぽんと背中をさすられ、乙姫はほっと息をついた。

「・・・はい、信じてます・・・。」



その言葉に嘘はなかったか、

毒をはらんではいなかったか。



私の物にならないのならいっそ―――




箱を開けたか、
途中で捨てたか、
開けずに忘れてしまったか


浦島がどうなったのか、確かめるすべはない。


けれど乙姫は、今日も海の底から空を思い描いてため息をつく。





水面(みなも)に届いた泡が、はじけて何ごとか呟いた



【終】
< 1 / 4 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop