少女のための日本昔話
つるのおんがえし
【鶴の恩返し】


意外な事に、チヅルの特技は編み物だった。

マフラーからセーターやら帽子まで。

「なんでもいいんだよ、暇つぶしだから」

帰宅した彼女はいつも玄関先で、編みあがったそれらを通勤バッグから放り出す。

バリキャリ風肉食ガールが一体どんな顔をしてこれを編むのか、僕には想像もつかない。

「ん、ヒョウくんには見せません。」

「うん、コワイから見たくない。」

「どういう意味よ!!」

チヅルが買ってきた食材を冷蔵庫に保存して、僕は用意しておいた二人分の夕食を温め直す。

パンとシチュー、サラダ

「おいしそう!」

見た目を裏切らないガサツさと多忙な生活サイクルで家事一切をこなせないチヅルのために、僕は炊事洗濯、掃除、なんでも覚えた。

今更ながら、タッパーに入ったコメを、生のまま齧ったりしていた以前の自分に苦笑する。

チヅルに会う前は、食事なんてどうでもよかった。
もっといえば生きること自体、どうでもよかった。


『おねえさん、大丈夫?真っ青だよ』

雪の中、うちのアパートの軒先でじっとうずくまっていたチヅルに声をかけたのが、僕らのはじまり。

詳しい事は省くけど、そうやって居ついたのはチヅルの方だ。

「そうは言うけどさー、引き止めたのはヒョウくんだよ」

「僕が!?いつ!?」

「可哀相だからさ、いてあげてるんですよー」

「僕がいないと何にもできないのは誰だよ」

食事を終えて満足そうに寝転がるチヅルをしり目に、彼女のバッグから僕が持たせた弁当箱を取り出す。

そばにはやっぱり、編みあがった紺色の手袋。

「いつも思うんだけどさ、このサイズって誰の?」

「へ!?誰のでもないよ。あー、単に作りやすい大きさが、それなだけ、で、」

なんでもないように答えながら、
途中で何かに気がついたように、語尾がしぼんでいく。

「どうせなら自分で使うのを作れば?」

「…あはは、だったらヒョウくんのを編むよ。そうだ、今度はからせてね。」

それっきり彼女は黙りこみ、

そして出て行った。



僕は一人、食事の支度をする。


チヅルがひとつひとつ丁寧に、ニットを編んでいる姿が目に浮かんだ。

【終】


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