少女のための日本昔話
ももたろう
【桃太郎】

・・・10時・・・

「桃田(モモタ)ー!お前か、この伝票()ったのはー!!」

営業部フロアに鬼塚(オニヅカ)課長のカミナリが響き渡る。

私の名前は、桃田るう。

ここ、○○商事で営業事務をしている。
そろそろ入社して半年になるので、電話応対では「新人の~」と名乗るのをやめるように言われている、・・・のだけれど・・・。

ひぃっと小さく上げた悲鳴にかぶせるように、
課長が私の机にバンッと伝票を一枚置いた。

「ありえねーだろ、なんだよこれは!発注前に気づいたからいいものの!」

横から先輩のキジマさんが伝票をのぞきこんで、小さく吹き出す。

私にはどこがおかしいのかよくわからなくても、
ベテランの先輩方からすると、ありえねー注文なのだろう。

「んー・・・例えるなら、コンビニでパスタ買ったお客に
スプーンをつける感じ?」

「はいっ、すみません、書き直します!」

慌てて机のあちこちに貼り付けた付箋(ふせん)を見ながら、
商品の載ったカタログを探す。

「馬鹿、カタログのページ数なんかメモってどうすんだよ、モノ(商品)で覚えろモノで!」

言いながら課長は、机の付箋を次々()がしてポイポイ捨てる。

「ぎゃーっ!!やめてください!まだ覚えてなっ・・・」

「ほぉー、桃田。お前、半年前うちに配属されたとき、なんて挨拶した?」

恐ろしい程の迫力ある笑みを浮かべて、
鬼塚課長が私の答えを待つ。


「・・・早く仕事を覚えて、みなさんのお役に立ちたいです・・・」

「よっっく覚えてるじゃねえか。そんなお前なら、できるできる。」

できないからミスするんですよー!!とは言い返せず、
課長の見てる前で、記憶をたどってカタログを探し、伝票を書き直す。

「ちがーう!」

「鬼ーー!!」



・・・15時・・・


「はーっ、やっと一段落(いちだんらく)したねえ・・・」

「はい・・・」

キジマさんが、うーんっと伸びをするのに合わせて、
私もぐったりと力を抜く。

鳴りやまなかった注文の電話が途切れて、
少しおしゃべりする余裕が生まれる。


「ただいま戻りましたー!エクレアあるよー!」

うちの課のサルハシさんが、お菓子の箱を(かか)げて
外回りから戻ってきた。

「わーい!これ、昨日テレビで見た!」

無邪気なキジマさんの歓声に、
サルハシさんが得意げに胸を張る。

「午前中いっぱい並びました。」

「サルハシ・・・」

「課長の分もあります。」

「そうじゃねえよ」

「△△開発の件は首尾上々(しゅびじょうじょう)です。」

「そう、その報告が先な。」

このエクレアは、もちろんお客様への手土産のついでだ。

とはいえ、午前中いっぱい並ぶというのは、
どうなんだろう。。


「あと社用車、ちょっと(こす)りました。」

「その報告は総務にして来い、俺は聞きたくない。」

「あいあいさー」

元気よくサルハシさんがフロアを出るのと入れ違いに、
同じくうちの課のイヌカイくんも戻ってきた。

彼は私と同期で、サルハシさんと同じ営業マンだ。

「イヌカイ君、おやつあるよ。サルハシ君から」

「ありがとうございます。サルハシさんありがとー!」

イヌカイくんが、あらぬ方向に向かってお礼を言う。

「今、天井に向かって言ってませんでした?」

「見上げてたよね。死んだのかな?サルハシ君」

キジマさんと私の会話が聞こえているのかいないのか、
イヌカイくんが嬉しそうにエクレアにかぶりつく。

私も一口食べて、その甘さを噛み締める。

「今日はすみませんでした・・・」

エクレアを持ったまま、
キジマさんに向かって頭を下げる。

先輩に教えてもらったことが、少しも身についていない・・・。

「ん?さっきの伝票?いーよー、今のうちだけだし」

「ぐっ・・・」

キジマさんの言葉に、温かさと同時に厳しさも感じる。

そのうちちゃんと、ミスしないで仕事ができるようになるんだろうか・・・。

「桃田、またなにかやらかしたの?」

「うん、まあ。今日も課長のカミナリが。」

「鬼塚君、スパルタだよねー。パワハラで訴えちゃえ」

キジマさんの軽いノリに、
慌ててエクレアを飲み込み、真面目に返す。

「いえ、課長の言う事はいつも、すごく正しいと思いますし。」

言い方ってもんがあるのでは・・・と思わないでもないけれど。

「でもさー、鬼塚君って桃ちゃんをしごいてる時が一番楽しそうじゃない?」

うっ、それは薄々思っていた。

「課長って、・・・Sっ()あるんでしょうか・・・」

恐る恐る口にすると、ぶはっとキジマさんとイヌカイくんが吹き出した。

「聞こえたー?エス課長」

「エス課長」

「サド課長」これはイヌカイくん。

おやつの輪にも加わらず
デスクで黙々と仕事をこなしていた課長が、

みんなの視線を受け、盛大に溜息を()いた。


「お前らが怒らせてるんだろうがーー!!」



課長の言う事は、やっぱり正しい。



・・・18時・・・


定時を過ぎて、ぽつぽつと退社する人が目立ち始める。

「お先に失礼しまーす。」

私とキジマさんの声に、鬼塚課長が顔を上げる。

「お疲れ様です。」

もうこんな時間か、と課長が続けて呟く。


「じゃあ、またね、桃ちゃん」

「はい。お疲れ様です。」

今日も約束か習い事があるらしい先輩は、
フロアを出た途端エレベーターも待たずに、
階段をダッシュで更衣室に向かう。

私はなかなか来ないエレベーターを待ちながら、
今日、課長にミスのフォローしてもらったお礼を
ちゃんと言ってなかったなと思う。

いつも叱られて終わるので、曖昧(あいまい)になってしまうのだ。

鬼塚課長はまだまだ、帰れそうにない。

課長の仕事も基本的には外回りの営業マンと一緒だけれど、
加えて書類の決裁(けっさい)やら会議やら、課の営業成績の責任やら、
とにかく一番仕事が多い。

おやつのエクレアは今日までだし、きっと食べるよね。
コーヒーでも()れ・・・るのは自信ないから、買ってこようかな。

エレベーターに乗り込むと、そのまま一階に降り、
会社のはす向かいにあるコンビニで、紙カップのコーヒーを買う。

「Lサイズでいいよね?
・・・そんなにいらないって言われたら困るから、Sも買っとくか。」

いらなかったら両方、私が飲もう。

エス・・・というワードに、昼間の会話を思い出す。

鬼塚課長は、数いる課長の中では一番若い。

キジマさんには直接聞けないので確かなことはわからないけれど、
年齢も社歴も、実はキジマさんの方が『ほんの少し』上らしい。

キジマさんはどう見てもアラサーなので、
課長もきっとそれくらいだろう。

そんなことを考えながらフロアに戻ると、
鬼塚課長は物凄い集中力で、猛然(もうぜん)と仕事を片付けていた。

こちらも見ずに、「忘れ物か?」と聞いてくる。


忘れ物と言えばそうなんですが(言い忘れたお礼)
なんか忙しそうだし、あんまり話しかけない方がいいかな?とか
ぐるぐる考えて、結局「はいー、いえ、まあー」とだけ答えながら、

コーヒーを両手に、課長のデスクの目の前に行く。

「紙のなんですけど・・・

課長はショートとロング、どっちがいいですか?」

「え?桃田はロングの方が似合・・・、っあ。」

何気なく顔を上げた課長が、目の前の紙カップを見て、
真っ赤になってそのまま固まる。

「・・・えっ?あ、そうですか?・・・ありがとうございます?」

私もわけのわからないことを言いながら、
つられて急激に頬が熱くなる。

ん?私にはロングがお似合い?

「じゃあ、課長はショートで・・・?」

そーっと課長の机にSサイズのカップを置くと、
恥ずかしさに()え切れなかったかのように、鬼塚課長が大声で叫んだ。

「・・・サイズのLは、ロングじゃなくてラージだ、あほー!!」

「えぇっ、そうなんですかぁーーっ!?」


結局、S課長はLを選んだ。


【終】


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