忘却心  第一幕 月下章
薄暗い薄暗い。じっとりとした空気が身体を包むような鬱陶しい空気を漂わせると共に生温い温度を保つかのように吹き荒れる。


暗くて何も見えない。


否、暗くて何も見えないのではない。
何かが視界を遮っているとでも言えばいいのか。大かた布か何かで視野をおおわれているのだろう。




「そろそろ吐く気になったか、化け物が…。」






ぐぐっと前髪のあたりを無造作に力任せと言わんとする勢いで掴み上げる声の主…鮮やかな朱色の布が腰に巻かれた男と、布やらロープでグルグルに体中を縛りあげられている小柄な人影がポツンとじっとりと湿気の多い地下室にたたずんでいた。

視野はおおわれているが口元は呼吸ができる程度にと、ふさがれていない為かそれとも問いに答えさせる為か布が取り払われている。だがそんな事をも気にせず、縛りあげられている本人は終始にやにやと嫌らしい笑みを浮かべるように口元をゆがませているだけだ。


それに苛立ちえ覚えるのは当たり前のことだが、相手が癇癪持ちの事もあり掴まれていた前髪を更に力をこめて床にたたきつけた。ゴリッと生々しい音が聞こえた気がするが気にせず更に腹部であろう所を容赦なく蹴り上げ、軽く身体が飛ぶが前髪を掴まれている故にぐにゃりとくの字に身体がおり曲がる程度で留まる。



「化け物の分際で……調子に乗りおって…。」


そう吐き捨てるように言うともう一度腹に蹴りを入れてすっとその場を立ち去るように少し奥にぼんやりと光る松明に向かって歩き出した。


が、その時先ほどまでにやにやと笑っているだけだった者がくすくすと笑い声を上げ始めた。


「化け物…化け物…煩いなぁ………。」

ふふふ…と上品に笑うかの様な声は心なしかイラついているようにも感じられた。それが相手の方にも伝わったのか、男は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。あぁ、気持ち悪い…化け物だ。


半ば逃げるように足を松明の方へ向けるとぼんやりと階段らしき石段が見えてきた。そしてそのまま上へ上へと上がって行く。




「脳無しの分際で…疎ましい…。」


そうぼそりと呟かれた言葉は男の耳に入る前に消え失せた。
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