precious one
高校1年の秋。
体育祭のあと、あたしは稔太を呼び出したんだ。
「井上? なに、用って」
あの頃、まだお互い名字で呼んでた。
稔太は、壁にもたれて、あたしをじっと見てた。
「あのねっ、」
意を決しても、なかなか言葉が出てこなくて。
稔太と話すとき、こんな風に沈黙なんてできなかったのに。
あの時は、緊張で声が出なかった。
「なんだよ。何か言いたいこと、あるんじゃねーの?」
そんなあたしを見て、声をかけてくれる稔太を、
更に好きになったりして。
「あたし…渋谷のことが…」
その先が言えなくて。
肝心なことなのに言えなくて。
こんな自分が、恥ずかしくなった。