僕等の怪談(1)
ゆっくりと歩み寄った2人が、お互いを目の前にして立ち尽くしている。
ガバッ
「沢田っ」
中年の男は躊躇(ちゅうちょ)せずに目の前のモノを抱き寄せた。
べっとりした長い黒髪を撫でる男の手は、幼い子供をあやすように優しかった。
虚を映し定まらない目。
青白い能面のような顔を男は両手で包み込んだ。
「沢田っ、すまなかった。お前は今も苦しんでいたんだな・・・」
男は涙を隠さずに泣いている。
「ふざけんなっ、あんたが殺したんだろ。今さら謝っても遅いんだよ。」
遠藤は我慢出来ないとばかり腹の底から怒鳴っていた。
「ち、がう、」
人間とは認められなかった不気味な人型が、女生徒の姿に変わっていく。
べっとりと長い黒髪は、綺麗にみつあみされて前髪も切り揃えられていた。
「男、に、執拗にまとわり、付かれた、私を先生、は助けて、くれた、」
先生はいつも帰りが遅くなったら、皆で帰れって言ってたのに。
誰もいなければ自分が送るって言ってくれたのに・・・。
私は委員会で遅くなって、この階段を通って帰ったの。
遅くなったらこの階段を通って帰るなって言われてたのに。
私はここであの男に襲われて、抵抗して、殺されたの。
私の首、あそこに・・・。

女生徒の霊が指差した先は、月明りに照らされた赤紫の紫陽花だった。
「何であそこだけ赤い紫陽花なの?」
僕は淳と遠藤の2人の腕の間から顔を出して紫陽花を見た。
「ああ、動物の亡骸とかが埋まってる土に咲く紫陽花は、アルカリ性になって花が赤くなるんだ。」
知識を披露しながらも淳は切ない目をしていた。
「じゃあ、あの赤紫の紫陽花の下に彼女の首が埋まって?」
彼女に対して恐怖しか感じていなかった僕が、始めて心から憐憫のようなものを感じた瞬間だった。
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