白桜~伝説の名刀と恋の物語~【完】
それから、番頭も紗枝も全く微動だにせず放心状態のままの時間が過ぎた。
それから少しして、
「紗枝殿・・・・紗枝殿・・・」
ささやくように自分を呼ぶ声に気付いた紗枝は、ゆっくりと起きだし、まわりに散乱した自らの着物を自分にまきつけた。
「紗枝殿・・・このようなときに失礼いたします。わが主、常篤殿がもう一度だけお会いしたいと申しております。この屋敷のものは、我が術によって完全にすべて寝ておりますゆえ・・・身支度ができましたら、常篤殿のお屋敷までお越しくださいませ。」
突然のことに驚いた紗枝であったが、ようやく頭が働いてきた。
「しかし・・・番頭さんもこのような状態で・・・しかもこんな夜分に・・・」
「ご心配は無用です。番頭殿の手当ては我々がいたします。また、身辺は私が警護しますゆえ・・・安心してお越しください。」
「いえ、でも私のような薄汚い女は・・・常篤様のような方にお会いするなど恐れ多いことです。」
「その紗枝様とお会いしたいと・・・主人は申しております。すべて、紗枝殿のことは知った上でのお話にございますれば。」
そういわれて紗枝は急に恥ずかしくなった。
(このような私の痴態をすべてご存知で・・・)
まるで、丸裸のまま明るみに立たされたような恥ずかしさがこみ上げてきた。

それからしばらくして、覚悟を決めた紗枝は、常篤の屋敷へと向かった。
(もしかしたら、これがもう最後になるかもしれない。)
ますます暴力的な色合いの強まる次郎の夜伽に、もはや紗枝の身体も心も疲れ果てていたのである。紗枝は生命の危険も感じつつあった。

時には刃物で身を切られることもあった。縄で首を絞められ、朝まで呼吸困難が続いたこともあった。
そして、今日はあのような場所まで・・・。

城への使いの帰りに常篤を見ている自分の姿を次郎が知った以上は、今後は簡単に城への使いにも出れまい。紗枝がとにかく命あるうちに常篤に会えるのは今宵が最後かも知れない。それが紗枝のつきうごかしたのである。
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