白桜~伝説の名刀と恋の物語~【完】
「理由としては、政を正す、という大義名分に比べれば、実に私怨の極地のようなもの・・・しかし、私はそれで良い、と思い立ったのです。あれこれと大義だの倫理だの、明日の松代の政のなんたるか、などで思い悩むより数段いい。」
常篤は笑みをたやさずにそう言ってのけた。
「しかし、私はもう自らの運命に見切りをつけております。私ごときのためにそのようなことをされては・・・常篤様は生き延びられてもお家取り潰しに切腹はまぬがれないでありましょう?」
「はい。」
「そんなことはなされてはなりませぬ!」
強く紗枝は言った。
しかし常篤は首を振って、
「信玄公が各地に置かれた三本の剣のうち、この白桜だけは、『私怨』で斬ることを許されております。ならば、私は諏訪の政に対して、ではなく、民の怨嗟の声をこの刀に乗せて諏訪を斬る、そして、それは紗枝殿を陵辱した男への怒りであってもいい、と。」
「では、私のためだけでなく、多くの民の私怨を晴らすというう意味もあるし、もしかすると松代藩の未来のためになるかも知れない・・・ということでしょうか?」
「そうなります。しかし・・・私は紗枝殿を救いたい。正直、それが最後に私の肩を押したことは誠です。諏訪を斬らねばならぬことはずっと分かっていたのです。しかし、今日の今日まで私はそれを実行に移す事ができなかった。紗枝殿のことを聞いて、もう我慢ならぬと思った。やはり・・・私怨なのかも知れません。」
「私のことは、もはや運命と割り切っております。しかし、他の民の心も乗せて、とおっしゃるなら私のような汚れた運命に翻弄された女に止める理由はございませんが・・・」
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