白桜~伝説の名刀と恋の物語~【完】
血しぶきがあたりを染め、常篤の全身も真紅に染まった。その形相とあいまって、まさに常篤の姿は鬼のごとき迫力をもって周囲を威圧した。

「諏訪頼重殿!いざ参れ!」
普段の温和な常篤からは考えられない大音声で仇敵の名を呼ぶ。
「武田の生き残りか・・・。いまいましい!我の計画もあと少し・・・あと少しのものを・・・!」
そういい捨てる頼重をまっすぐににらみながら、一歩ずつ常篤が歩き出す。

また一陣の風が吹いて、周囲の桜が舞い散る。
真っ赤に染まった常篤のまわりを桜が取り囲むように舞い落ちてきて、常篤の身体についた血に付いていく。その桜は常篤の身体に新たな装飾をなし、まるで桜が舞い散る中をキラリと光る白桜の刀身だけが怪しげな光を放ちながらゆらめく…幽玄な幻を見ているようであった。

「あと1年・・・あと1年待ってはくれぬか?」
その迫力に圧されて、松代藩の城代家老たる諏訪が二歩、三歩と下がっていく。
「白桜の剣は必殺の剣。敵を斬るまで鞘にもどることはありませぬ。」
そういうと、常篤は一気に地を蹴って頼重に襲いかかった。一瞬。あまりに一瞬。
それゆえに一歩足りと動くことのできなかった侍従たちは頼重の首が落ちる音がするまでまるで蛇ににらまれた蛙のように、ついに誰もが身動きひとつかなわなかったのである。
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