白桜~伝説の名刀と恋の物語~【完】
実際に、織田信長の天下が定まりつつあるころから森可成の息子が配され、さらに徳川家康の六男忠輝が、そのあと松平、酒井と徳川にもっとも近い人物が名を連ね、このあと真田家がこれを拝することとなる。真田家は外様ではあるものの、かの有名な水野忠邦の時代には老中にも名を連ねていて、徳川との縁の深さをうかがわせる。このような名だたる大名の名を見れば、当時における松代の戦略的価値を見出すことは誰にも容易であろう。
こういった戦略的な背景もあって、松代藩内は古くから開発が進められていた。しかも土壌は比較的肥沃で、天然資源や工芸にも恵まれているのが特徴であった。しかし、ここ数年は寒害で凶作が続いていた。さらに京都を発端とする長州藩による尊皇譲位運動で、藩内の作物や工芸品が値崩れし、いまや藩内の財政は火の車であった。この時勢に一気にのしあがってきたのが、今の筆頭城代家老諏訪頼重であった。
こういった戦略的な背景もあって、松代藩内は古くから開発が進められていた。しかも土壌は比較的肥沃で、天然資源や工芸にも恵まれているのが特徴であった。しかし、ここ数年は寒害で凶作が続いていた。さらに京都を発端とする長州藩による尊皇譲位運動で、藩内の作物や工芸品が値崩れし、いまや藩内の財政は火の車であった。この時勢に一気にのしあがってきたのが、今の筆頭城代家老諏訪頼重であった。