白桜~伝説の名刀と恋の物語~【完】
「そう。後家なのですよね。」
「はい。」
「そのようなおなごをなぜ私が求めたか、おわかりになりますか?」
(そのようなおなご・・・)
その失礼きわまりない言い回しに紗枝は引っかかりつつも、
「いえ…それが一向に。」
と微笑まじりに答えた。

静かな沈黙が流れる。その静かな沈黙を福田次郎がやぶった。
「ではまず…そのお召し物を脱いでここに来ていただけますか?」
静かに、しかし目に見えない強制力を込めた語気で次郎が言った。
「え?今…なんと?」
紗枝があきらかに狼狽する。
「何度も言わせないで下さい。着ているものをすべて脱いでこちらへ。」
次郎は持っていた扇子で自分が着座しているすぐ前の畳をトントンと二回叩いた。
「すべて?!」
「すべてです。」
紗枝はあまりに突然のことに呆然とした。

先程までの柔らかな視線は、いつしか冷たいつららのような鋭さをもって、紗枝の胸元に当てられた。
「夫婦たる男女の間にどのような契りがあるか…後家のアナタにはよくおわかりでしょう?」
「それは…」
紗枝の背筋に冷たいものが走った。
紗枝は喉元に鋭い短剣を当てられたような感覚に襲われた。
「私を婚儀の前に値踏みすると…そうおおせなのですか?」
精一杯語気を強めて紗枝がいう。それが今の紗枝にできる最大限の抵抗であった。

再び静かな沈黙が流れる
「そのようなことをなさりたいなら、私のような後家を相手にせずとも、色町にゆかれてはいかがですか?」
今度は紗枝が沈黙をやぶった。
それを無視するように軽蔑を込めた冷たい視線が紗枝を刺す。
「私が無理にでも脱がせないと、アナタは言うことを聞かないのですか?」
次郎は紗枝の言うことなどまるで聞いていないようすだった。そして、次郎がためいきを吐いて、膝に手をやった瞬間、
「わかりました。」
驚くほど凛とした声で紗枝はそれを制止した。そして自ら帯に手をかけると、スルスルと帯をといていった。

(無理やり辱められる位なら、自らの手で・・・)
次郎の視線が次第に熱を帯びてくるのが分かる。その視線を避けるように紗枝は彼に背を向けた。そして、肩に手をかけた紗枝の着物がスルリと乾いた音を立てて床に落ちた。
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