白桜~伝説の名刀と恋の物語~【完】
(この方との縁がなかったこともまた私の運命・・・)
もし、生まれながらにして、その人間の運命がさだめられているのだとしたら、なんと残酷な罠をそこに仕掛けるのだろう。

常篤と出会いさえしなければ、紗枝は、自分の運命をここまで恨まなかったかもしれないのだ。それでも知り合ってしまった『縁』にも何か意味があるとするのならば、それは紗枝に何をもたらすものであろうか。

紗枝は苦悩する。
(この身が汚れてさえなければ、私はあの方に一夜でいいから抱かれて眠りたい)
そう思いながら身悶える自分は、やはりまた『女』であるのだ。
そして一方で、その紗枝の『女』である部分を利用して、それを好き勝手に陵辱する『男』がいる。

世の中は、そんな『男』と『女』の集合体なのである。それが複雑に絡み合って、また無限の運命をたどっていく。

富よりも安息よりも、ただ自分がそばにいたいと願う男性そばで眠りたい。そんな『縁』を一生に一度で良いから結びたい。そんな紗枝の思いは、いつしか一身に常篤に向けられるようになっていたのである。

しかし、紗枝は武家の女である。そのような不義不倫を働いて、両親が恥をさらすことを思うと、さっと理性を取り戻し、
「失礼しました。ではまいりましょう。」
そう番頭に声をかけ、自ら『地獄の縁』の根源たる福田屋へと帰っていく。

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