白桜~伝説の名刀と恋の物語~【完】
紗枝がたった一度しか話したことのないその武士は、いつしか紗枝の心の一部をなし、さらになくてはならない紗枝の生への希望をもたらす存在となりつつあったのである。

日々、水面に自らを写し、その迷いと苦悩を振りきるために刀をふるう常篤。そして、その姿に自ら気付かぬうちに恋心を抱く紗枝。
そんな二人を傍で見守る人物がいた。その人物こそが十代目佐助であった。

その日も水面を見つめたたずむ常篤の目に一人の男が写った。
(なにやつ?)
気配に全く気付かなかったことにも驚いたが、さらに驚いたのは、水面に写るその男の端正な顔立ちとその口元にうかんだ涼やかな笑みとは対称的に、懐に差し入れた右手から放たれる獣のような殺気であった。
(この者…できる。)
とっさに常篤は刀の柄に手をかけ、
「名は?」
と静かに問いかけるやいなやそれを振り向きざま下から斜め上に斬り上げた。
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