桐壷~源氏物語~
帝が、衣に香を焚きしめるのは一体誰か、という発言をした事により、一部の女房達の間では、桐壺更衣が今上(きんじょう)の御目に留まったのではないか、と噂されていた。
そんな事はつゆ程も知らずに、桐壺更衣は今日も、帝の衣服に香を焚きしめていた。
こんなにご立派な衣に腕をお通しになる主上(しゅじょう)は、一体どんな御方なのだろうか。
同僚の更衣や女房達が、高い声で騒いでいるのを何度も耳にしていた。
まるで、絵物語に出てくる方の様に美しく雅びで、御人格も心から尊敬するに値する方だ、と。
私には、雲の上の様な御方だわ。
そう思っていても、帝の為に衣に香を焚きしめる、この時だけは、まるで主上の傍にお仕え申し上げている様な気持ちになるのが、不思議だった。
桐壺更衣は、沈の香りがする衣を、人知れずそっと胸に抱きしめる。
嫌だわ、私ったら。何を考えているのかしら。