閉鎖病棟の祭り
4人は、柵の向こうの病室を見回した。折りたたまれた布団だけがたたみの上にぽつんと置かれている。入り口のすぐにある洗面所にも、手前の、入り口とは反対側にある、こちらから小窓で人のいるいないが確認できるトイレにも、患者はいなかった。
無言で立ち尽くしたいる4人に、右隣の部屋の男性患者が、
「ねえ、レコードが切れているようなんだけど。ベートーヴェンが反復横飛びをやめてしまった」
と柵にしがみつきながら話しかけてきた。
「黙れ!お前は何十年、ベートーヴェンに反復横飛びさせるつもりだ。ドイツ人にも休ませろ」
長谷川が、強い口調ながらまったく怒気を含ませずに言い返した。男性患者は「小鳥が楽譜を盗んだのがいけなかったのだ。先生も、止めてくれればよかったのに・・・」とぶつぶつ言いながら部屋の奥へと引っ込んでいった。
「彼とはね、私がまだ部長だった頃からの付き合いなんだよ。主治医も担当していたんだが、その頃から心の中のベートーヴェンに反復運動をさせ続けているんだ。大した精神力と忍耐力だよ。私も挑戦してみたが、5分が限界だったね」
長谷川が軽く笑う。彼の元患者が声をかけてきた以外では、別の病室からは彼らへのアクションはなかった。ただ、「あああ・・・」といったうめき声や、何といっているか聞き取れないような独り言だけが、柵の間から漏れていた。

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