ゆうこ
 遺体のまわりで、大人たちはてきぱきと動き回っていた。 お母さんが死んでいるのに、それを忘れたように忙しく立ち働いていて、皆んな悲しくないんだろうかと優子は思った。 誰も母に近づきたがらないような気がした。 それなら、私がずっと傍(そば)にいてあげるからね、と優子は母の顔を見た。

 弔問客は少なく、葬儀は全員で大掃除でもしたように簡単に終わった。 
 斎場(さいじょう)で伯母に抱かれて、優子は台車の上の棺桶(かんおけ)の中の花に埋もれた母を見た。  
 「優子ちゃん、お母さんの顔だよ、よおーく見ておおき。 これが最後だよ」
 と伯母が嗚咽(おえつ)をこらえた。 
 優子は白蝋化(はくろうか)した母の顔を見ながら、これはお母さんに似せて作られた人形で、本当のお母さんは何処かに生きていて、今にも優しく笑いながら姿を現すような気がした。 しかし、それもやっぱり違うんだろうと思うと、悲しみが込み上げてきた。 
 蓋が閉じられ、釘が打たれ、そして京子を入れた棺桶は釜の中に消えた。 点火釦(ボタン)が押され、一瞬の間をおいてごおーっと云う音が聞こえた。 その恐ろしい音の中にお母さんがいると思うと、優子の眼に又涙が溢れた。
 
 
 骨上げを待つ間、参列者は暑さを避けて三々五々、ロビーのソファーや木陰で話ながら時を過ごした。 何人かが、手で日差しを遮(さえぎ)りながら空を見上げている。 入道雲を背に、灰色の煙が夏空にゆっくりと立ちのぼっていた。 優子は、何時までもその煙を見上げていた。 お母さんが空へ上って行くんだと、優子は思った。

 長い間待って、皆が一頻(ひとしき)り話し話題も尽きて無口になりかけた頃、黒くてかてかと滑(ぬめ)った肌をした隠坊(おんぼう)が、準備が整いましたので、仏様のお骨を拾って上げて下さいまし、と告げた。
 釜から引き出された台車の上には、まだ所々小さな燠(おき)のような火が残っていて、割れてはいてもそれとわかる頭蓋骨が無ければ、どちらが頭かわからないほど骨は乱離粉灰(らりこっぱい)していた。 隠坊が手慣れた箸捌(はしさば)きで、鎖骨でこざいます、肩胛骨でございます、と無表情に骨を砕き、参列者の前に選り分けていった。 

 

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