ゆうこ
 優子は、その隠坊の滑(ぬめ)った肌が気持ち悪かった。 触ったら、その肌の中へずぶずぶと自分の手が減り込み、離れなくなるような気がした。 そのすべすべした肌は、日々死んだ人の養分を吸って滑(ぬめ)っているような気がした。 母の命もこの隠坊が吸い取ったようで、憎らしかった。  お母さんの命を吸い取った癖に、平気な顔をしてお母さんの骨を砕いていると、優子は隠坊を睨(にら)み付けていた。

 砕かれ選り分けられた骨を、参列者は黙々と箸でつまんで骨壺に入れた。
 「さあ、優子ちゃんも入れて上げなさい」と伯母が優子を抱き上げた。 優子の手にその骨箸は大きすぎた。 優子は、火傷をしないように、端っこのちっぽけな骨を小さな手で摘んで骨壺に入れた。 骨壺が一杯になり、隠坊が蓋をして骨揚げが終わった。 未だ残っているお母さんの骨はどうなるんだろうと優子は思った。 骨壺の中に居る母と、未だ台車の上に残っている母の骨とが別れ別れになってしまうのが悲しかった。 
 
 優子は台車の上の小さな骨片を摘むと、やにわにそれを口に入れた。
 廻りの大人たちが、あっと叫んでいた。
 「優子、バカ、止めなさい! 吐き出して、すぐ出しなさい!」
 と耕三が叫んだ。
 それが聞こえないかのように、優子は其れを噛み砕くと、ゆっくりと呑み込んだ。 母が小さくなって自分の体に入って行くような気がした。 温かかった。  
 驟雨(しゅうう)のような蝉時雨が、斎場に降り注いでいた。 




 


 次の年の春、優子より一才下の女の子を連れて、継母が突然やって来た。
 母が死んでから無口で内向的になっていた優子は、益々自分の殻に閉じこもるようになった。 頑(かたく)なに話をしないとか、義母の言葉を無視すると云うのではなかったが、必要以上のことは話さず一人何かを考えているようなことが多かった。 新しいお母さんだよ、と言われても、自分の母はやっぱり死んだ母しかいなかった。
 最初は優しい眼差しで優子に接していた継母も、必要以上に馴染(なじ)んでこない優子をだんだんと疎(うと)んじるようになった。 幼い連れ子までが、優子を何処か敵意のある眼差しで見た。
 

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