ゆうこ
次の日、優子は学校からの帰り道、公園に寄ってみた。 桜が雪のように散る中で、今井はイーゼルを立てて絵を描いていた。 不思議な光景だった。 襤褸(ぼろ)を着た女性の浮浪者が桜吹雪の中、イーゼルを立てパレットを手に絵を描いていて、傍でやはり男の浮浪者が二人、その絵を覗(のぞ)き込んでいる。 その光景が一幅(いっぷく)の変わった絵のようだった。
それは水彩画で、立ち並ぶビルを背景に緑の木々と桜を描いていて、絵の中も一面の桜吹雪だった。 優子にはよく判らなかったが、上手な絵だと思った。 今井は、傍の二人も目に入らず、近づいた優子にも気が付かないようで、一心不乱に絵筆を動かしていた。 傍にいた一人が、優子に気付いて、
「夕べのお客さんだよ」
と言った。
今井は振り返り、はにかんだように優子に笑いかけた。 昼間の光で見るとやはり汚れてはいたけれど、思ったより整った顔立ちで普通の格好をしてお化粧をしたら綺麗だろうな、と優子は思った。
「すごい、おばさん、絵描くんだ」
「さあ、さあ、あんた達は、遠慮しとくれ。私の大事なお客さんだからね。さあ、行った行った」
今井は邪険(じゃけん)に追い払うように言ったが、男たちは怒る風もなく黙って立ち去っていった。
「これだけは捨てられなくてねえ」
そう言いながら、今井はイーゼルを片付け始めた。
「あ、いいんです、ちょっと寄ってみただけだから、絵、描いて下さい」
「いいんだよ、ちょうど止めようと思ってたところだから」
そういうと、イーゼルとキャンバスと絵の具を段ボールの小屋の奥に仕舞った。
「びっくりしたあ、おばさん、絵描くなんて、すごいなあ」
と優子は又言った。
「すごかないけどね、若い頃から好きなんでね、こんな生活してても止められないんだよ。食べるものも無いのに、バカだね」
二人は昨夜と同じように、小屋の前の段ボールに腰を下ろした。 家を出るときに、絵を描く道具だけを持って出たのだと今井は言った。