ゆうこ

「二回目の結婚だったけど、だめだったね。 最初のはいい人だったけど、病気で死んじゃうしね。 二回目の人とは一緒に住んでみたら世界が違ってたし。 勤めても人と上手くやってけないし。 尼さんになることも考えたけど、怠け者だからね、イエス様にお縋(すが)りしようかと思ったけど、隣人を愛せよって言ったってエライ人ほど言うことは立派だけど愛を知らないって感じでねえ、死のうとも考えたけど、結局こういう人生しかなかったんだね。 考えてみたら、こうなるべくして生まれてきたような気がするよ。 失うものがない生活ってのも、気が楽でね、必要以上に、お金お金って思い煩うこともないしね」 
 「寂しくないですか?」 
 優子は聞いた。
 
 「そう思うときもあるよ、でもねえ、自分を誤魔化(ごまか)してまで、人と一緒にいたいとは思わないね。出来ないんだよ、 世間は、我が儘(まま)って言うけどね。 それに、一人もそんなに捨てたもんじゃなくて、みんなに遅れたくないって、一緒になってウンウン頑張ってた時には判らなかったことがいっぱい見えてきてねえ。 逆に普通の生活してる人が可愛そうに思えるんだよ。 美味しいもの食べたいとか、いい服着たいとか、いい車に乗りたいとか、いい家に住みたいとか、でもぜえんぶ形があるもんだろ。 形があるもんは、いつかは壊れちゃうんだよねえ。 美味しいものも、慣れちゃうと美味しくなくなっちゃうし、服でも車でも家でも、全部古くなって、そうすると又次の新しいものが欲しくなって、そこでテレビのコマーシャルなんかが、上手く宣伝するからさ、それでみんなあくせくしてるわけだろ。 みんな自分の意志で生きてて自分の欲求みたいに思ってるけど、結局操(あやつ)られてんだよね。 そのうちに歳取っちゃって人生終わっちゃうんだよ。 何だか空しいね。 何かもっと違うもんが人生には無いのかなってね。 こんなこと云うと負け犬の遠吠えって言われるけどね」 
 
 今井はそう言うと、暫(しばら)く間を置いて、
 「太宰治って小説書く人、知ってるかい?」
 と聞いた。
 

< 19 / 53 >

この作品をシェア

pagetop