ゆうこ

 私は、思わず彼女の腕を引っ張った。 私はどちらかと言えば人見知りをする方で、初対面の人に馴れ馴れしく出来る性格ではないけれど、その時は何故か、思わず彼女の腕を掴(つか)んだのだった。 
 今になって思い返せば、きっと彼女と私はこういう運命になっていたのだと思う。 でないと、寒さに怖(お)じ気づいて戻ろうとした私が惹(ひ)かれるように彼女に近づいたのも、初対面なのに彼女の身を気遣(きづか)って無理矢理引っ張って行こうとしたのも、私の性格からして説明が付かない。 人生には、きっとこんな巡り合わせもあるのだと思う。 
 
 私が図書室へ行くところだったと聞くと、彼女は急に笑顔になって嬉しそうに立ち上がった。 歩きながら北風の中で私たちは自己紹介しあった。 それがゆうこだった。 秋に転入してきたのだと言った。 私と同じ二年生だった。


 図書室の中は暖房が効いて温かく、 窓硝子の露が冬の陽を浴びて、キラキラと輝いていた。
 「温ったかい」 
 ゆうこがぽつりと独り言のように言った。 昼休みに図書室を利用する生徒は少なく、私達以外には二、三人がバラバラに座っているだけだった。 窓際に座った私達は、結局、本を読まず校庭を見下ろしながら、好きな学科のことや先生の評判やら取り留めもないことを、顔を寄せ合って小さな声で話した。 皆んながよくするタレントの話やファッションや男女交際の話はしなかった。 話しながら、時折声を殺して私たちは笑った。 まるで長年の友達のようだった。
 北風の中に、先ほどゆうこが座っていたベンチがぽつんと小さく見えていた。  
 
 「へえー、難しい本、読んでるんだ。 大人なんだね、ゆうこって」 
 ゆうこが脇に置いた文庫本の表紙が目に留まり、私はそう言った。 そこには、太宰治著「人間失格」と書かれてあった。 
 ゆうこは本を手に取り膝の上で丸めると、 
「大人なんかじゃない!」
 と押し殺したようにきっぱりと言った。 その毅然(きぜん)とした言い方に、私は驚いた。
 ゆうこはすぐ我に返ったように、ゴメン、と目を伏せると、私が傍にいることなど忘れたようにしばらく校庭を見遣(みや)っていた。 その横顔は、驚くほど寂しそうで、綺麗な細い鼻梁(びりょう)のせいか、中学生とは思えないほど大人びて見えた。 


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