ゆうこ


 「何で、あんたこんなとこへ来たの? 何か初めてみたいだけど、こういう仕事」 
 服を物色しながら、アカネが聞いた。 歳は二十歳くらいに見えた。
 「お父さんの会社が倒産して、借金が・・・」
 「おやじの会社が倒産して、あんたがその借金の為にこんなとこで働くの? 非道い親だね。 あ、これ良いんじゃない? あんたに似合うよ」 
 アカネは、服の一つをハンガーから外しながら言った。  
 「私なんか自分のために働いてるから、イヤなことでも何とか我慢してるけど・・・、今時、親のために働いてる子なんていないよ。 私なんか、絶対イヤ」 
 手にした服を優子の体に当掻(あてがい)ながら、アカネはそう言った。 
 
 優子は、別に親のために働くのはイヤとは思わなかった。 継母のためにはイヤだけれど、父の為なら別に構わないと思った。 確かに母が死んでから、父は人が変わったように優子を避けるようになったけれど、それ以前はよく父に抱かれ膝の上で遊んだ。 優子の小さな手を包んでいた父の人差し指と中指が、両切り煙草の脂で黄色く染まっていたのを、優子は懐かしく憶えている。 父の膝の上で両腕にくるまれていれば、どんな嵐が来ても沈まない船の中にいるようで安心だった。 
 試着室の鏡に、大人びた服装で佇(たたず)んでいる自分の姿を見ながら、お父さん、今頃、何処でどうしているんだろうと優子は思った。 
 
 買ってきた服を着てアカネが化粧を施すと、優子はますます美しく映えた。 不幸が優子の美しさを損ねることはなく、心に秘めて忍ぶほど美しさが弥増(いやま)し、体の芯まで美しさが染みわたっているようだった。 妖艶(ようえん)とも無垢(むく)とも一言で尽くし難く、心をときめかすだけでなく、心に沁みて行く美しさだった。
 「正に沈魚落雁、閉月羞花(ちんぎょらくがん、へいげつしゅうか)ってやつだねえ、さあしっかり稼いでおくれよ。 もうお客さん入ってんだからね」
 更衣室に様子を見に来たママは、用意の調った優子を見ると嬉しそうに言った。
 「何、ママそれ? チン、ギョって。 ひょっとしてアレがびっくりするってこと?」
 アカネが間の抜けたことを言った。
 「まあ、そんなとこだよ」
 とママは受け流し、優子に付いといで、と言った。
 

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