ゆうこ

「レイコ、ちょっと」
 そう小声で言ってママが優子の肘をつついた。 
 何人かのホステスと一緒に、二人連れの客についているときだった。 立っていったママに付いて更衣室に入った優子に、
 「あのね、レイコ。 今ついてる郷田さんね、うちの一番のお客さんなのよ。 終わった後、一寸郷田さんに食事付き合って、あんた失礼のないように、くれぐれも頼んだわよ」
 とママは、優子の意向など無視して言った。
 イヤだとは言えない、ママの威圧(いあつ)するような目だった。 
 


 「いろいろ苦労してんだってなあ」
 食事の後、これで失礼しますと言う優子の腕を強引に掴み、連れてこられた小さなバーで、さも満足げにおしぼりで顔を拭うと郷田は言った。 
 ママから聞いているらしかった。 食事中も優子の気持ちにお構いなく、郷田はくどくどと自分の昔の苦労話をした。 優子は、ただ聞いているだけだった。 相手の気持ちを斟酌(しんしゃく)せず、自分のことばかり喋る郷田と云う人間が、優子には理解できなかった。 どこかの会社の社長だと言った。    
 
 「別に苦労だと思いませんから」
 と優子は答えた。 
 「そうかい、えらいねえ、でも何かワシに出来ることがあったら、何でも遠慮なく言いなよ」 
 ゴルフ焼けした腕に、金色のローレックスがわざとらしく光っていた。 話ながら、郷田は頻(しき)りにそれに触った。 
 背は優子より低く、お腹が出て肥っている。 顔の造作の一つ一つが必要以上に大きく際立ち、黒々とした髪がぴったりと整髪料で撫で付けられていた。  
 郷田は、飲め飲めとしつこく勧めた。 食事の時、ビールを少し飲んだが、飲んだことのないアルコールに優子はすぐ赤くなった。 優子はもう飲めないからと、何時も店で飲むジンジャーエールを頼んだ。
 「ラウンジに勤めてて、飲めないはないだろう。 折角飲みに来てるんだからさ、少しくらい飲めるんだろ。 何か警戒してんじゃないの?」
 と郷田はネチネチとした口調で探るように言った。   
「いえ、ホントに飲めないんです」
 


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