ゆうこ
 優子がそう言うと、郷田は憮然(ぶぜん)とした表情で一人ぐいぐいと飲んだ。 赤ら顔が脂ぎって、中学生の優子にも、この男の心が透けて見えるようだった。 つまらない大人だと、優子は思った。 偶(たま)に気を遣ったようなことを言うが、それは優子への思いやりではなく嫌われまいとする小心さが言わせるもので、結局相手が自分の思い通りにならないと怒り出すタイプだと思った。
 
 大分酔いが回ってきたらしく、目が据わり話がますます諄(くど)くなっていた。 優子はこの男には不必要なものが、一杯付いているような気がした。 精神にも猥雑(わいざつ)なものが溢れていた。 自分本位の強引さも、満足げな赤ら顔も、あのネチネチとした執拗(しつよう)さも、あの小心さも、その裏返しの傲慢(ごうまん)さも、わざとらしく光るローレックスも、一つ一つが際立った顔の造作も、あの脂肪も全て優子には余分なものに思えた。何であれ過剰なのは、醜いと優子は思った、涙も、怒りも、愛情でさえ。 優子は、満たされない状態に慣れてしまっていた。 肉体も精神も余分なものを全部削ぎ落としたら、人間は美しくなれるのにと優子は思った。  
 早く、この男から逃れたかったが、ママの言葉が浮かんで機会を逸(いっ)していた。
 
 「家にタチの悪いのがよく来るんだってぇ? 何だったら知り合いにその筋の人がいるから、頼んで追っ払ってあげてもいいんだよ。 古い友達に警察関係もいるしさ、そっちの方でもいいんだよ」
 郷田は、煙草に火をつけながらそう言った。
 自分の交友関係を自慢する人間にロクな人はいないと、今井が言っていたのを優子は思いだした。 何の話の時だったか忘れたが、
 「そんな人間に限って、一人では何も出来ない力のない人間なのさ」
 と今井は言った。



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