ゆうこ
 優子が、
 「いえ、どうせ返さないといけないお金ですから」
 と答えると、
 「ホント大丈夫かい? 連中はクセ悪いからねえ。 郷に入っては郷に従えってね、 たまたま僕の名前は郷田だしね」
 と郷田は、面白くもない冗談を言って笑った。


 もう、二時になろうとしていた。 いつ、帰ろうかと優子は言い出す機会を伺(うかが)ってばかりいた。 
 「今の給料じゃあ苦しいだろ? 借金の分と家に入れる分引いちまったら、好きなもんも買えないんじゃないか、ブランドもんも欲しいだろうに、可愛そうになあ」
 郷田はさも同情したようにそう言うと、声をひそめて、
 「どうだい、毎月三十万でワシと週に一回くらい会わないかい? 食事したり買い物したり、借金も早く返せるし、好きなもんも買えるし」 
 とカウンターの横に座った優子の肩におずおずと手を置き、酒臭い息を吹きかけながら言った。
 優子は身を固くし、
 「いえ、自分で何とかしますから」
 と答えると、すいませんと席を立った。
 郷田は、一瞬怯(ひる)んだように優子を見たが、出入り口とは反対のトイレの方へ歩いて行く優子を見ると、安心したように、トイレか、と呟いた。


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