ゆうこ


 「意味が・・・」 
 ゆうこは校庭を見遣った儘、独り言のように呟いた。 耳の後ろから顎(あご)の脇にかけて赤く爛(ただ)れたような筋が髪の毛に見え隠れし、白いハイネックのセーターの中に消えていた。 私は、見てはいけないものを見たような気がして、慌てて目を逸(そ)らした。 ゆうこの中で、何かが狂おしく渦巻いているのだけが朧気(おぼろげ)に感じられた。 しかし、それが何なのかは私には分からなかった。 ゆうこを理解したいと、私は思った。 
 
 「何の意味?」 
 喉につかえたものを飲み下す様に、私は聞いた。 
 長い時間が、経ったように思う。 ゆうこは振り向いて、何かを口ごもった。 そして、その唇が何かを訴えようと動いた時、午後の授業を知らせるチャイムが鳴った。 ガランとした図書室に、それはどきりとするような大きさで響き渡った。 
 私たちは無言のまま図書室を出ると、それぞれの教室へ帰っていった。 廊下の角で別れる時、
 「ごめんね」
 とゆうこは微かに笑った。 私は、またね、と答えると自分の教室の方へ歩き出した。 訳の分からない感情が込み上げてきて、何故か胸が詰まった。
 ゆうこを好きだと思った。                    

それから三日間、私はゆうこに会わなかった。 昼休みに渡り廊下まで行ってみたが、ベンチにゆうこの姿はなかった。  彼女の教室まで行ってみようかと思ったが、何故か私はためらっていた。 二日目の昼休み、明日ゆうこに会わなければ教室へ行ってみようとぼんやり窓の外を眺めていた時、少し離れた席に座ったケイコとミドリの会話が耳に入った。  

 「ねえねえ、三組の本田優子って子知ってる? こんど転入してきた子」
とミドリが言った。 
 ゆうこの事だった。 私は、顔を窓外に向けたまま聞き耳を立てた。 胸がドキドキしていた。
 「ウン、キレイな子でしょ、顔は知ってるけど」
 とケイコが答えた。
 「でも、あの子ん家、すっごく貧乏なんだって」 
 

< 3 / 53 >

この作品をシェア

pagetop