ゆうこ
「夕べはご苦労さんだったねえ、 この間の服代なんかは差し引いてあるからね」
十一時に引ける優子に、ママはそう言って給料袋を手渡した。 其れ以外は、何も言わなかった。 その晩、郷田の姿は見えなかった。
給料袋を手にしながら、優子は悲しかった。 此の一ヶ月、昨晩のことも含めて色んな事があったのに、そういうイヤな辛い思いが、お金と云う物に替わってしまったことが優子は無性に悲しかった。
「大分引かれたの?」
化粧直しに入ってきたアカネが聞いた。
「ううん・・・、お金になっちゃうなんて、何だか悲しくて」
辛らさや惨めさ、苦しさと云う心の痛みが、お金と云う物に替えられ、それで全てが帳消しになってしまったようなのが優子には悔しかった。 違うものを代償に欲しかった。 お金ではなく、心で返して欲しいと優子は思った。
「何よ、それ?」
アカネが素っ頓狂(すっとんきょう)に言った。
「イヤなこといっぱいあったのに・・・、お金で帳消しにされたみたいで・・・」
「だから、お金じゃない、イヤなこと我慢しながら働いたからお金を貰うんじゃない。レイコ、アンタおかしいんじゃない?」
アカネが捲(まく)し立てるように言った。
優子は、給料袋を見ながら寂しく笑った。
*
翌日学校からの帰り、優子は又公園へ行った。 わずかな木にも、青葉が風にそよいでいた。 その木の一つ、今井の小屋があった処には、ただ緑が影を落としているだけだった。 何処かへ引っ越したのだろうか、優子の心にふと不安が過ぎった。
男が一人、段ボールの上に胡座(あぐら)を組んで缶ビールを飲んでいる。 いつか、今井の絵を見ていた男のようだった。 あの人に聞いたら判るかも知れないと、優子は近付いていった、
「すいません、おばさん、何処かへ行ったんですか?」
男は、顔を上げ驚いたように優子を見た。 一瞬言葉に詰まったようだった。
「あんた、知らなかったのかい?」
男は顔を伏せると、しみじみとした口調で言った。
「え、何を? 何ですか!」