ゆうこ
 おばさんに何かあったんだろうか。 動悸が早くなった。 
 優子を見上げた男の目に、涙が滲んでいた。
 
 「死んじまったよ。 あんた新聞見なかったのかい。 殺されたんだよ。」
 一瞬、視界から全てのものが白く弾けて消え去り、全身から頽(くずお)れるように力が抜けていった。 
 激しい蝉時雨が聞こえたような気がした。 
 「大丈夫かい?」 
しゃがみ込んだ優子を覗き込むように、男が言った。 
 「ウソ! ウソでしょ!」 
 塞(ふさ)がってしまった喉元を切り裂き、絞り出すように優子は叫んだ。
 何故おばさんが死んだのか、確かおじさんは、殺された、と言ったような気がする。  「子供に殺されたんだよ。 もう十日になるよ」
 何のことか、判らなかった。 おばさんの子供は、ずっと昔に事故で死んだ筈だ。 一体どういうことなのか、全身に得体の知れない激情が駆けめぐっていた。
 
 「中学生だよ、バットで殴り殺されたんだ。 汚い! 臭い!ってなあ。 非道いよなあ、まったく。 わしは上手く避けたから打撲ですんだけど、オッサンとオバハンは眠ってたみたいでなあ、当たり所が悪かったんだ。 救急車も遅くて、病院へ着く前に亡くなっちまったあ。 ホント滅茶苦茶だよ、この世の中・・・。 汚いから、臭いからって、殺されちまうんだもんなあ。 わしらは人間じゃないんだ」  
 男は鼻を啜(すす)りながら言うと、一気にビールを飲み干した。
 
 涙が溢れ、体の震えが止まらなかった。  
 もう何もかもがイヤだった。家も、学校も、仕事も、何もかもが、どうでも良かった。私も死んでしまいたい、お母さん、助けて! お父さん、何処にいるの? 出てきて! 両足を抱え、心の中で優子は叫び続けた。
 
 しっかりすんだよ、男の声が背後でしていた。 何処へ行くとも、何をするとも考えられず、優子は立上りフラフラと歩き出していた。 ビルの谷間に西陽が傾き、茜色(あかねいろ)に染まった雲が、油絵の具を刷毛で塗りたくったように毒々しく浮かんでいた。


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