ゆうこ
優子は、夢遊病者のように街を彷徨(さまよ)い歩き続けた。 何人もの男が声を掛けてきたが、優子の意識に入らなかった。 ある男は無言のまま無表情な優子を見ると、チェッと舌打ちをして離れて行き、ある男は大丈夫かい?と執拗(しつよう)に付きまとったが、最後には気味悪くなったのか優子を振り返りながら遠ざかっていった。
おばさんが死んだ。 あのおばさんが・・・。
「寂しいんだね、あんたも」
今井の声が聞こえたような気がした。
「若いんだから、まだまだ良いこと一杯あるよ」
「私ゃあ、オ・ン・ナ」
今井が体を揺すって笑っている。
「社会と上手くやってけないのさ」
桜吹雪の中で、絵を描いている今井が浮かんで、はにかんだ様に笑っていた。
桜が散っていた。
おばさんの骨と、お母さんの骨が混じっているのだろうか。
「こうなるべくして生まれてきたような気がするよ」
「何か違うもんが人生に無いのかなってね」
諦めたような今井の声がしている。
「あざむき合っていながら、清く明るく生きている・・・」
「損得、損得だからねえ、疲れちゃったんだよ」
ため息混じりの今井の声が聞こえた。
写真の中の若い綺麗なおばさんと子供が、幸せそうに笑っている。。
「聞いてくれてありがとね」
今井のしんみりした声が聞こえた。
優子の目から、止めどなく涙が溢れた。
おばさんのことを、何にも知らなかったと思った。 おばさんがどんなことに感動し、どんなことに怒り、何を考え、何を感じ、何を想って生きていたのかもっと知りたかった。 学校も誰も教えてくれない色んなことを教えて欲しかった。 誰にも言えない苦しみを、悲しみを、聞いて欲しかった。 聞いて貰えるのは、話したいと思うのはおばさんだけだった。
もうそれは出来ないのだった。 おばさんは死んでしまったんだ、私と同じ中学生に、汚いからと殴り殺されたんだ、あの優しいおばさんがまるで虫けらみたいに、簡単に。