ゆうこ


 いつの間にか、優子は又公園に佇(たたず)んでいた。 心も体もくたくただった。 今井の小屋のあった木の幹に、頽(くずお)れるように腰を下ろした。 闇の中に、饐(す)えたような臭いが優子を優しく包むように未だ漂っていた。 
 「臭うだろ」 
 すまなそうに、週刊誌で自分の方へ風を送る姿が浮かんで、又涙が溢れた。 さっきの男の鼻を啜る音が、段ボールの小屋の中から何度も聞こえていた。

        





      *
 それから数日間、学校にも仕事にも優子は行かなかった。 昼間は家に閉じこもり、継母や連れ子が帰ってくる時間を見計らって外出し、公園で深夜まで過ごした。
 どうしようもなく、寂しくて不安だった。 今井を知る以前も孤独だと思ったが、それでも我慢していれば何処かに希望があるような気がしていた。 その希望が、今井だったのかも知れない。 自分の孤独を理解してくれ、今井の言葉も笑顔もすっと自分の心の中に素直に入ってきた。 歳は親子以上に違ったけれど、今井と心を共有できたような気がしていた。 そこから、自分の未来が開けて行くように思えて、心が弾んでいた。 今井といる時だけが、優子は素直に子供に戻れた。 こんな人には、もう会えないだろうと思っていた。
 ラウンジで働き初めて暫く経った頃、父の借金が返せたらマンションを借りて、おばさんと一緒に住みたいと思った。 自分の未来と今井を、優子は一緒に考えていた。 今井が死んで、優子の希望も消えた。 何をする気力も、自分の中の何処を捜しても見つからなかった。 ただ、この生活から逃れたい、何もかも放り出して、何処か知らない処で一人で暮らしたいと思った。 しかし、では具体的にどうするとなると、優子には何も出来なかった。 自分を救う手だてがないまま、優子は、現実という大きな濁流(だくりゅう)に押し流されていた。
 

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