ゆうこ


 

 「休むんなら休むで、ちゃんと連絡しないとダメじゃない。 勝手なことするんじゃないよ」 
 数日後、定時に遅れて現れ更衣室で着替えをする優子に、ママは刺々(とげとげ)しく言った。   優子は、言い訳はせず、すいませんと謝ると客席への扉を押した。 
 カラオケで、郷田が歌っていた。 
 ホステスが四、五人付いて、調子の合わない合いの手を入れている。 ママは、郷田の席へとは言わなかった。 他のテーブルへ行く優子を、郷田は歌いながら、顎をしゃくるようにしてちらっと見た。 一瞬、歌詞が淀んだようだった。
 優子のついたテーブルは、四人の若い客だった。 
 「レイコさんのお出ましでーす」 
 ついていたホステスが囃(はや)した。  
 若い客は、中年男のように屈折した執拗(しつよう)さがなく、直截(ちょくせつ)なのが優子には気が楽だった。 場所柄当然のことかも知れないが、この店に来る客に気持ちの良い印象を受ける中年男はいなかった。 爽やかな中年と云うのはいないんだろうかと、優子は思った。 若い客四人とホステス二人が面白おかしく騒ぐ傍で、優子は白けさせない程度に会話に加わっていた。 郷田が、時折ホステスたちの肩越しに舐(な)めるように優子を見ていた。 
 
 その日は遅刻したこともあって、四人組の若者が帰った後は、一人で来た中年客についただけで上がりの時間になった。 郷田は未だ飲んでいて、音程の外れた濁声(だみごえ)が更衣室の中まで聞こえていた。 自分が下着姿になる更衣室に郷田の声が侵入してくるのさえ、蛇にでも纏(まと)わり憑(つ)かれるようで我慢ならなかった。 
 自分を縛り付けている現実から逃れるように、優子は今まで着ていた服を急いで脱ぎ捨てた。 そうすると、本来の中学生の自分に少しは戻る気がした。Tシャツとジーンズに着替え、更衣室を出ようとしたとき、アカネが入ってきた。 
 
 「これ、郷田さんからよ。 店一番の客にラブレター書かせるなんて、レイコもやるじゃない。 でも敵は多いよ、時化(しけ)たラウンジだけど、ここじゃあ、一番金持ってるからね。私はもう付いちゃってるから、ダメだけどね」
 そう言って差し出したアカネの指先で、角封筒が揺れていた。
 
  
 

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