ゆうこ
 
 「私、受け取れません」
 反射的に優子は強く言った。
 「そんなこと言ったって、私困るわよ。 突っ返したら、私がママに怒られるんだからね。 確かに、渡したよ」
 アカネは、気分を害したようにそう言うと、封筒を机の上に置いて客席に戻っていった。
 
 封筒に触れるのもイヤだった。 しかし、机の上に置きっぱなしにも出来なかった。  自分で返すために、郷田に近付くのも、郷田と私的な会話をすることも、忌(いま)まわしい思いだった。 かと言って、ママに頼めるわけはなかった。 何処か外で破り捨ててしまおうと、優子は封筒を摘むとバックに入れて店を出た。
 
 通りには、勤めを終えたホステスや家路に着く酔客が行き交っていた。 本通りに出るまでに汚れた川がある、そこに捨てようと優子は思った。 郷田に関するものなど、一時でも持っていたくなかった。 何人かが千鳥足で優子に近付き、呂律(ろれつ)の回らない舌で声を掛けたが、優子は無視して橋へと急いだ。 運良く橋の辺りに人はいなかった。 二つに裂こうとしたが、中身が厚く上手く裂けない。力を入れると、中身を残して薄い封筒だけが少し破れた。 中身が見えていた。 
 
 三枚の写真だった。 優子が全裸で写っていた。 三枚ともベッドに眠ったままの、衣服を剥ぎ取られた自分だった。
 頭部がカッと熱くなり、怒りが体中を駆け巡り、唇がわなわなと震えた。  睡眠薬で眠らされ、汚されたと知ったときにも湧いてこなかった郷田への殺意が胸の中に渦巻き、頭頂部に向かって凝縮(ぎょうしゅく)され、突き刺さって行くような感覚があった。 そしてその激しい殺意とは反対に、体の芯から地面に引きずり込まれるような疲労感があった。 郷田の目論見(もくろみ)も判っていた。 もう疲れたと、優子は思った。
 
 震える指で写真を細かく引きちぎると、川に投げ捨てた。 細かい切れ端が風に乗って、ネオンの煌(きら)めく川面に遠く落ちていった。 自分の体が細かく刻まれて、川面に落ちていったような気がした。   

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