ゆうこ

「へえー、でも何でそんな事知ってるの」
 ケイコが手鏡を覗き込みながら、余り関心がなさそうに聞いた。 
 「三組のマチコが言ってたの、借金取りがしょちゅう出入りしてるって。 だから時々お弁当抜きなんだって、食欲ないとか、おなか壊してるとか言って、校庭で本読んでるんだって。 あの子ん家が、マチコのマンションに囲まれて一日中陽の当たらないオンボロアパートで、お風呂もないしトイレも共同なんだってよ。 ちょっと最低だと思わない」 ミドリが吹き出すように笑い乍ら言った。
 
 「でも、何だかかわいそうじゃん」 
 ケイコは相変わらず手鏡の中の自分の顔を熱心に眺めながら、最後を唄うような口調で言った。
 「このホーショクの時代にさ、お弁当抜きだとか、トイレ共同なんて、かわいそう通り越して笑えるじゃん。 親は何してるって感じするよね。 本人だってお金無きゃあ、援交でも何でもすりゃあいいじゃん。 そう思わない?」
 「ねえねえ、リカ聞こえた? どう思う、 そう思わない」
 
 ミドリが、私に向き直って言った。 鼓動が早くなり、顔が火照(ほて)っていた。 押さえようの無い怒りが込み上げてきて、そして無性に悲しかった。 おとといの、戸惑うようにはにかんだゆうこの顔が浮かんだ。
 私は思わず立ち上がると、
 「何で貧乏が最低なのよ。 何で笑えるのよ」
 吐き捨てるようにそう叫んだ。 ミドリに腹が立っているのか、それとも何か他の目に見えない大きなものに腹を立てているのか判らなかった。
 ミドリは一瞬身を引き、
 「何でリカがそんな怒ることあんのよ。 バカみたい」
 と小さく口ごもった。 私は持っていた教科書を思い切りミドリに投げつけると、教室を走り出た。 
 「痛いじゃない。 何よ、それ」 
 ミドリの叫ぶ声が背後に聞こえていた。 
 

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