ゆうこ


 家に帰ると、吉田が来ていた。 又何かあったのかと云う思いが、一瞬優子の心に浮かんだが、もう自分の身に何が起ころうが狼狽(うろた)えるようなエネルギーや心のゆとりは残っていなかった。 吉田は、別に特別の用ではないらしく、上がり鼻の台所のテーブルで、寄り添うように隣に座った継母の酌でビールを飲んでいた。 胸元の大きく開いたワンピースが、だらしなく湿ったようにまとわりつき、継母の体の線を浮き立たせている。 
 「どうだい? 仕事の方は? もう慣れたかい?」 
 吉田が、継母の酌を受けながら言った。 その声に以前の凄みはなく、顔つきも穏やかだった。
 優子は、はい、とだけ答え、自分に宛(あてが)われている部屋へ入ると後ろ手に襖を閉めた。
 「どうだい、ウチの社長、相変わらず行ってんだろ? まあ、自分の店も同然だからなあ。 手ェ、早いから優子ちゃんも気ィつけなよ」 
 襖越しに、吉田が言った。
 「へえ、社長さんって、ラウンジも持ってるの?」 
 義母が感心したような口調で言った。
 「まあ、自分の店みたいなもんだろう、何かと金工面してやってるからな。 ママも社長には逆らえないわな」 
 吉田はそう答えると、さあ、そろそろ帰るか、と呟いて立ち上がった。
 「あら、もう帰るの?」
 と継母が甘えた声で言った 
 
 ウチの社長? 一瞬、優子は判らなかったが、郷田のことだった。 お父さんが郷田から金を借り、返せなくなって姿を隠し、だから郷田は私を自分の行きつけのラウンジで働かせ、お父さんの郷田への毎月の支払いがどれくらいだったのか知らないけれど、私の給料から継母が返済し、そして、それだけでなく睡眠薬に写真か、 別に何が不思議だった訳ではないが、パズルが解けたような気持ちだった。 そして、あの男が自分の生活に根底で深く関わっているのかと、郷田への憎悪の中にますます絶望感が深まっていった。 父が帰ってくるか、そうでなければこのまま働いて郷田に金を返すか、郷田が自分に興味を失うまで、どちらにしろ郷田との縁は切れないのだと優子は暗澹(あんたん)とした気持ちだった。


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