ゆうこ



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 例年より早い梅雨の雨に、紫陽花(あじさい)が小さく柔らかい水晶のような露を幾つも宿している。 それを見ていると心の中が清く澄み渡って行くようで、優子は見飽きなかった。 何時も行く銭湯の入り口の粗末な花壇に植わっている紫陽花は、青が濃くて目に強い印象を残すけれど、前に住んでいた家の小さな庭にあった紫陽花の青は薄く、他の木々の緑に混じって咲いているのを見ると、小さい頃母の書棚にあった竹久夢二の絵を思い出した。 花全体の嵩(かさ)は大きいが、一つ一つの小さな花びらが露を宿す、その清浄で儚(はか)ない姿が絵の中の幸薄い印象の女性に通じるように思ったのかも知れなかった。 そしてその絵に描かれた女性は、何処か母に似ているように思えたのだった。
 学校から帰ると銭湯へ行き、着替えを持ってラウンジへ出ると云う日々が続いていたが、優子は何時も銭湯の前で立ち止まり、雨に濡れる紫陽花に見入った。 
 母に、もう六年も会っていないと優子は思った。
 
 
 酔客(すいきゃく)の狂態(きょうたい)にも父が帰る日を想って耐えていたが、その行方は依然として判らなかった。 給料の全額は、義母に渡っていた。 学校は、休みがちながらも続けていた。 義母は勿論優子の弁当は作らなかったし、朝早く起きて自分で弁当を作る時間があればその分眠っていたいほど疲れていた。 義母は夕食代以外の小遣いは殆どくれなかった。 家で食べる朝食と、ラウンジで食べるために、途中のコンビニで買った夕食の二食が優子の口にする食事だった。 
 仕事で必要な服などは、その都度義母が何処かの安売りで買ってきたもので間に合わせた。 明らかに他のホステス達の服とは違ってみすぼらしかったが、優子は気にならなかったし、ママも何も言わなかった。 ママにすれば、優子は単に郷田に宛(あてが)うべく置いているホステスで、他の客の目を引き過ぎるのは却って痛し痒(かゆ)しなのだった。 
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