ゆうこ

「もう今だから言うけどね、アンタの母親は自殺したんだよ。 あのろくでなし亭主と私とのことがバレちゃってね。 それで、首括って死んだんだよ。 私のお腹ん中に祥子が出来たって知ってね。 イヤな性格だね、私に対する復讐だったんだ。 それで段々、アンタの父親も変になっちまったのさ」  

 お母さんは事故死ではなかった、自殺だったのだ。 
 今まで何とか自分を支え続けていた最後のものが、優子の中で跡形もなく崩れ落ちていった。 もう憎悪や殺意や悲しみや、絶望さえなかった。 ただ、最早どうしようもない空しさと疲労感が、優子の身も心も隅々まで犯していた。 
 母の愛を想うことだけが、優子の生きる縁(よすが)だった。 どんな辛いときにも、母の愛を想えば耐えることが出来た。 父の冷たさも、継母の辛い仕打ちも、級友のいじめも、父の失踪とそれに続く貧困も、ラウンジでの仕事も、郷田の卑劣な行為も、今井が死んでしまった悲しみにも、そしてこの心の通わない薄汚れた現実世界にも、母の愛を想うことで辛うじて耐えてきた。 その母が、私を捨て、私と一緒に生きる道を選ばず、父や継母に対する怨念の中で自ら死を選んだのだった。 信じていた母の愛もなかったのだと優子は思った。
老婆のように見えた母の死顔が浮かんだ。 そして棺桶の中の、作り物のような母の顔が浮かんだ。 
 
 もう、涙も流れなかった。 優子は、何かに取り憑かれたように家を後にした。
 優子の足は、自然と公園に向いていた。 
 梅雨の夜雨が、外灯の明かりの中に幾筋も糸を引くように降っていた。 傘もささず髪も肌も濡らしたまま、優子は公園へと導かれるように歩いて行った。
 死にたいと思うのではなく、もう死ぬしかない、そう優子は思った。 死ぬことだけが、今自分のすべきこと、そして出来ることのように思えた。 それ以外、もう何を考える力も残っていなかった。 泥濘(でいねい)に足を汚しながら、優子はブランコへと歩いていった。 そして抜け殻のようにそこに座り、雨に打たれながらどうして死のうかと思った。 
 

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